亡き母への想いから始まった挑戦。78年続く老舗事務所を再生させた3代目の経営哲学
矢﨑 誠一|税理士法人矢﨑会計事務所 代表
監査法人トーマツを経て、祖父の代から東京・練馬区で78年続く老舗事務所の3代目代表として事業を承継。 地域に根ざした信頼を大切にしながら、心理学の知見とテクノロジー活用を取り入れた組織改革を推進。相続税務、スタートアップ支援に加え、Web3・暗号資産関連の税務など専門性の高い領域にも取り組む。約200社の提携ネットワークを活かし、税務に限らず資金調達・コスト最適化まで、経営課題を“丸ごと”支援する体制づくりを行っている。
インタビュワー:本日はよろしくお願いします。矢﨑会計事務所様は創業78年という長い歴史をお持ちですが、現在はスタートアップ支援やWeb3領域など、非常に先進的な取り組みをされていますね。
まずは、矢﨑代表ご自身のキャリアについてお伺いさせてください。現在は税理士法人の代表でいらっしゃいますが、もともとは公認会計士としてキャリアをスタートされています。やはりお父様が税理士でいらした影響で、昔からこの業界を目指されていたのでしょうか?
いえ、実は全くそのつもりはなかったんです(笑)。父からは「事務所を継いでくれ」とか「税理士になれ」といったことは一度も言われずに育ちました。
正直なところ、20歳ぐらいの頃は自分は「左脳派」というより「右脳派」だと思っていて。色々と企画を立てたり、イベントを運営したりするのが得意だったので、そっちのクリエイティブな方面に行こうと考えていたんです。数字を扱う仕事に向いているとは思っていなかったんです。
転機になったのは、私が20歳の時です。母がくも膜下出血で突然亡くなったんです。あまりに急なことでした。その時、強烈に感じたのが「親孝行をしてこなかった」という後悔です。「もっと親孝行しなきゃいけなかったのに」と自分を責めていたまさにそのタイミングで、父からスッと公認会計士のパンフレットを渡されまして。
インタビュワー:お母様のことがきっかけで、お父様の想いに気づかれたのですね。
そうですね。「ああ、やっぱり父は同じ業界に進んでほしかったんだな」と初めて気づきましたし、天国の母も難関資格に合格したら喜んでくれて親孝行につながるのではないかと思いました。だから最初は、純粋に「親孝行目的」で目指し始めたというのが正直なところです。
あと実はもう一つ理由があって、学生時代に陸上をしていたなかでの挫折です。努力しても結果が出ないことが続き、自信を失い、「努力は報われない」と腐っていました。だからこそ「難関に挑戦して、自分を変えたい」という気持ちもありました。
ただ、スタートが遅かったんです。20歳から勉強を始めたので、周りは大学1年生から専門学校に通っているような人ばかり。私はもう大学4年ぐらいの年次でしたから。 焦りはありましたが、逆に「勉強なんて長くやりたくないから、早く受かりたい」と思って、徹底的に効率化を考えました。
私は自分がそんなに頭が良いほうではないと自覚していたので、普通にやっても勝てないなと。そこで、「脳の記憶の仕組み」や「集中力が続く食事療法」なんかを独自に研究しまして(笑)。 どういう食事をとれば脳が働くか、どうすれば記憶に定着するか。そういったアプローチが功を奏したのか、勉強期間2年ちょっとという比較的短い期間で合格することができました 。
その後、就職先として選んだのがトーマツ(有限責任監査法人トーマツ)です。当時はいわゆる「4大監査法人」の中でも一番体育会系で厳しいと言われていた場所でした。アルバイト経験などを通じて、自分は要領が悪く、仕事ができないタイプだと痛感していたので、若いうちに一番厳しい環境に身を置いて、叩き上げてもらったほうがいいだろうと思ったんです。「どこが一番厳しいですか?」と探して、あえてそこに飛び込みました 。仕事の基礎と、プロとしての向き合い方を叩き込んでもらいました。

インタビュワー:監査法人で厳しい修行を積まれていた矢﨑代表ですが、その後、お父様の事務所に戻られることになります。そこにはどのような経緯があったのでしょうか?また、当時の事務所はどのような状況でしたか?
監査法人で働いて5年ほど経った頃、父が脳梗塞で倒れました。会話はできたものの後遺症が残り、父から初めて「事務所を継いでほしい」と頼まれました。これまで言われたことのない言葉で、覚悟が決まりました。
ただ、いざ戻ってみて愕然としました。当時の事務所は、まさに「昭和」で時が止まっていたんです。12年前の話ですが、なんと「インターネット閲覧禁止」だったんです(笑)。もちろんメールもありません。業務日報は紙のノートに手書きで書いて提出していました 。
スタッフもベテラン中心で、「実務を知らない若造が来た」と思っていたかもしれません。
インタビュワー:それは強烈なギャップですね…。ベテラン揃いの中で、どのように事務所運営を進めていかれたのですか?
私が一番大切にしたのは、父から言われた「周りを大事にしてほしい」「練馬を大事にしてほしい」という2つの教えです 。そこで私が最初にやったのは、改革案を押し付けることではありません。スタッフ全員に一人ずつヒアリングをしました。「何が困っているか」「本当はどうしたいのか」を徹底的に聞いたんです。
すると見えてきたのは、彼らが変化を嫌っているのではなく、実は「もっとお客様に感謝される仕事がしたい」という強い想いを持っていたこと。やり方が分からなかっただけでした。だから私は、「皆さんの想いを実現するために、こういう仕組みを入れませんか」と提案する形に変えました。急激に変えるのではなく、小さく始めて成功体験を積み、徐々に浸透させる。信頼は泥臭く積み上げるしかありません。そうやって組織の空気を少しずつ変えていきました。
結果として業績は回復し、給与など“目に見える形”でも成果が出て、ようやく「この方向でいける」と組織全体が前を向き始めました。心理学で言う「ホメオスタシス(恒常性)」ではないですが、組織は急激な変化を嫌うもの。だからこそ、新しい取り組みはまず若手や新入社員から小さく始めて、徐々に全体に浸透させるというステップを踏みました 。
インタビュワー:そうして体制を整えられた現在、矢﨑会計事務所では「スタートアップ支援」や「飲食業」、そして「相続」に強みを持たれています。
特にスタートアップ支援において、あえて「記帳代行」を推奨されるケースもあると伺いました。今は「自計化(クラウド会計で自社入力)」が主流になりつつありますが、これにはどのような意図があるのでしょうか?
シンプルに言えば、「社長には本業に専念してほしいから」です。 スタートアップにとって一番重要なのは、初期段階で一気に売上を作ることです。経理入力というバックオフィス業務に時間を取られて、肝心の営業や開発がおろそかになってしまっては本末転倒ですよね。 「コスト削減のために自分で入力します」という社長もいますが、それで事業が成長スピードを落としてしまっては、結果的に大きな損失になります。だからこそ、「面倒なことは全部うちに投げてください。その代わり、社長は1分1秒でも多く売上を作ることに時間を使ってください」と提案しています 。
もちろん、会社が成長してから自計化に移行するのは良いことです。大切なのは「今のフェーズで何が最適か」。私たちはその判断も含めて伴走します。
また、私は飲食店が好きで、飲食店の出店のワンストップサービスにも力を入れました。飲食店もスタートアップと同様、資金繰りが命です。当事務所は資金調達のサポートに豊富な実績とノウハウを有していますので、創業融資から事業拡大のための資金調達まで、ワンストップで支援できるのが強みですね 。
インタビュワー:なるほど、経営者の「時間」を作るための記帳代行なのですね。もう一つ、非常に興味深いのが「心理学」を税務調査や交渉に応用されているという点です。具体的にはどのような手法なのでしょうか?
これは私の「右脳派」な部分が生きているところかもしれません。 税務調査が入る際、私は徹底的に相手側の立場や組織背景を分析します。今回の調査官が組織の中でどのような役割を担っているのか、判断権限はどこにあるのか、調査の目的や優先順位は何か。そうした構造を理解することから始めます。
税務調査の現場は、もちろん法令が大前提ですが、解釈に一定の幅があるケースも存在します。そうした場面では、単に条文を示すだけでなく、交渉の進め方や着地点の設計が重要になります。
そこで活用するのが、心理学の考え方です。たとえば「松竹梅の法則」のように、選択肢を提示することで相手に主体的に判断してもらうアプローチです。指摘事項に対して、こちらの譲れる範囲と譲れない範囲を整理した上で、複数の選択肢を提示する。人は提示された選択肢の中から“自分で選んだ”と感じることで、納得感を持ちやすくなります。
私たちはあらかじめ合理的な着地点を設計しつつも、相手の立場や組織論理を尊重しながら合意形成を目指します。単に税法を振りかざして対立するのではなく、双方にとって現実的で妥当な結論へ導くことが大切だと考えています。
こうした高度なコミュニケーションや交渉は、現時点では人間の強みが最も発揮される領域だと感じています。
インタビュワー:「税務署の組織構造や調査方針を分析する」ようなアプローチ、非常に面白いです。
一方で、矢﨑代表は「無理なコンサルティングはしない」という方針も掲げていらっしゃいます。多くの会計事務所が単価アップのためにコンサル業務に力を入れる中、なぜあえてそのような戦略をとられているのでしょうか?
以前は、いわゆる経営計画系のサービスを自社で広げようとした時期もありました。でも、無理にやらせても、スタッフもお客様も幸せにならない。そこで発想を変えました。
「自分たちですべてやる必要はない。その代わり、最も頼れる窓口になればいい」。
つまり、自社で抱え込むのではなく、最高のパートナーと提携して、お客様の課題を解決する「ハブ」になることです。
現在、当事務所には200社近い提携先があります。例えば、「資金繰りが一瞬だけ厳しい」というお客様には、即日で対応できるファクタリング会社を紹介して急場をしのいでもらう 。あるいは、「コスト削減したい」というお客様には、意外と見落とされがちな損害保険の見直しを提案する 。損害保険は会計事務所としてはあまり儲からない分野なので敬遠されがちですが、お客様にとっては「オールリスク」型の保険に切り替えることで、補償範囲が広がる上に保険料が下がるケースが多々あります 。

インタビュワー:自前主義にこだわらず、お客様にとってベストな解決策をコーディネートするわけですね。お客様との関わり方についても、毎月の訪問(巡回監査)にはこだわらないとうかがいました。
はい。毎月訪問して、変わり映えのしない数字の説明を受けることに、本当にお客様は価値を感じているでしょうか?私は、惰性の毎月訪問よりも、年2回〜4回の「濃密な面談」の方が、双方にとって価値が高いと考えています 。 その分、面談の準備には時間をかけます。「節税対策チェックリスト」や「利益対策リスト」を駆使して、「今期の利益着地はどうなるか」「あえて利益を出すべきか、節税すべきか」といった戦略的な議論を深めます 。 メリハリをつけることで、スタッフも疲弊せず、高いパフォーマンスを発揮できています。
インタビュワー:既存の枠組みにとらわれない柔軟な発想が、事務所の成長を支えているのですね。さらに矢﨑会計事務所様の特徴として、「Web3」や「暗号資産(仮想通貨)」といった最先端分野への取り組みが挙げられます。保守的な会計業界において、なぜここまで早くからこの分野に注力されたのですか?
危機感と、未来への投資ですね。 AI技術の進化により、単純な記帳や申告業務はいずれ代替されていくでしょう。その時、我々税理士に残る価値は何なのか。そう考えた時、「まだ誰もやっていない、法整備も追いついていないような新しい分野」にこそチャンスがあると思いました 。
暗号資産やNFT、Web3の税務は非常に複雑で、リスクも高いため、大手の税理士法人でも敬遠するところが多いのが現状です。だからこそ、先行して知見を蓄積することができます 。実際、そこに真剣に取り組むことで、全国から相談が増え、知見も加速度的に積み上がっていきました。
また、この取り組みは「地方創生」にもつながっています。地方では専門家不足が深刻で、最先端のテーマになるほど相談先が限られる。距離の制約を超えて価値提供できるのは、テクノロジーを活かす事務所の役割だと思っています。東京で培った最新のノウハウを地方に提供することで、地方企業の成長を支援できる。そして、うちのスタッフにとっても、東京だけでなく地方へ出張して仕事をすることは大きな刺激になります。「練馬で一番」の基盤を持ちつつ、物理的な距離を超えて価値を提供する。これがこれからの地方創生×税理士のあり方だと信じています。

インタビュワー:最後に、この記事を読んでいる経営者の方々に向けて、メッセージをお願いします。これからの時代、経営者はどのような基準で税理士を選ぶべきだとお考えでしょうか?
一言で言えば、「未来を一緒に見てくれる税理士」を選んでいただきたいですね。税金を下げる提案は大切です。でも、それが結果として会社の現預金を減らし、将来の投資機会を奪ってしまうこともある。 「今、税金を払ってでも内部留保を厚くして、3年後の大型投資に備えましょう」といった提案ができるかどうか。単にお金を残すだけでなく、「未来のためにどうお金を使うか」まで一緒に考え、伴走できるパートナーを選んでほしいと思います。
これは相続においても同じです。相続対策というと「いかに相続税を減らすか」ばかりが注目されがちですが、本質は「想いをどう次世代に繋ぐか」です 。無理な節税策をして、遺された子供たちが遺産分割で揉めて裁判になってしまったら、何の意味もありません。「家族が笑顔で相続を終えるためにはどうすべきか」という感情の面まで配慮し、時には税金がかかってでも円満な分割を提案する。それが本当のプロフェッショナルだと私は考えています。
インタビュワー:「お金」だけでなく「想い」や「未来」を扱う仕事。それが矢﨑代表の考える税理士像なのですね。心理学を駆使した交渉術から、Web3という最先端、そして泥臭い人間関係の構築まで、矢﨑代表の引き出しの多さに圧倒されました。本日は貴重なお話をありがとうございました!
こちらこそ、ありがとうございました。

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