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「裏表のない税理士でいたい」——4つの事務所を経て、日本橋室町で貫く”伝える覚悟”

「裏表のない税理士でいたい」——4つの事務所を経て、日本橋室町で貫く”伝える覚悟”

木村龍(きむら りょう)|木村龍税理士事務所 代表税理士

高校卒業後、新聞奨学生を経て大原簿記法律専門学校から税理士の道へ。個人税理士事務所を2社、相続専門税理士法人、総合型税理士法人と4つの職場を経験し、2022年7月に独立開業。法人・個人合わせて約40件の顧客を抱え、税務顧問から相続・相続対策、事業承継まで幅広く対応する。

日本橋室町から届ける、裏表のない税務支援

まず、今の事務所の全体像を教えていただけますか。

木村:
私を含めて3名体制です。私が主にお客様の窓口を担当して、他の2名が会計入力や申告書作成などのデスクワークを受け持っています。2人とも税理士業界は全くの未経験です。うち1名がアルバイトから正社員になりました。

お客様はどのくらいいらっしゃるんですか?

木村:
法人と個人を合わせて約40件ですね。地域は東京と神奈川が中心で、特に横浜と川崎のお客様が多いです。会社員時代に築いたご縁からお客様のご紹介へと広がっていきました。お客様の年商規模や業種に縛りはありません。スタートアップのお客様も複数いらっしゃいます。顧問業務とは別に相続・相続対策、事業承継も対応させていただいています。

事務所を置かれている日本橋室町という立地には、どんな意図があるんですか?

木村:
正直に言うと、見栄えです(笑)。大手税理士法人はオフィスの立地を重視していて、その影響は大きいですね。東京駅に近いこと、街の景観がいいこと。自分自身がこの場所で仕事をしたいと思える環境かどうか。それが日本橋室町だったんです。
遊び尽くした青春と、簿記との運命的な出会い

木村さんのキャリアの出発点を聞かせてください。税理士を志すまでの道のりがかなりユニークだと伺いました。

木村:
今の姿から全く想像できないとよく言われますが、本当にいい加減だったんですよ。高校時代はずっと遊んでいて、実は3年生の時に留年しかけたんです。担任の先生がホームルームで「3学期の期末テストは受けなくても卒業できるぞ」と冗談を言ったのですが、それを真に受けてしまって。本当に期末テストを欠席してしまいました。翌日に担任の先生から連絡が来て、「お前はテストを受けないと卒業できないぞ!」と。みんなが冬休みの間に職員室でテストを受けて、なんとか卒業できました。

卒業してからは何をされていたんですか?

木村:
当時は目的・目標が全くありませんでした。やりたいことがなかったし、働く意欲もなかったです。苦し紛れに「大学受験をするから家にいさせて欲しい」と両親に伝えたら、これまでにないくらい怒られました。「お前に食わせる飯はない。家を出て働くか、本当に大学受験したいなら新聞奨学生をしなさい」と。他に当てがなかったので新聞奨学生を選び、家を出ました。最初は大学合格を目指して努力しましたが、早朝・夕方の新聞配達、日中の予備校生活に耐えられず、夏期講習の前にやめてしまいました。また悪いことに、実家を出て一人暮らしの自由を手に入れた反動で、もっと遊びに夢中になりまして…。仕事として新聞配達を続けながら、オンラインゲームやパチスロ・競馬にどっぷりハマりました。それが4年近く続きました。

そこからどうやって税理士の道に?

木村:
高校卒業後3年くらい経った頃、地元の友達の話題といえばみんな就職先のことでした。将来に向けて楽しそうに語り合う姿を見て、すごく焦りを感じました。手に職をつけなきゃと思い、最初はCGデザイナーを目指して専門学校を探したんです。パソコンがすごく好きだったし、映画『マトリックス』のCGに感動して、私もああいうのをやりたいなと。でも専門学校の募集要項に「絵心があること」と書いてあって、絵が全く得意ではなく無理だなと断念しました(笑)。「じゃあ、パソコンつながりでシステムエンジニアだ!」と、大原のSEコースに入りました。

大原でSEを学ぶつもりが、税理士に転向されたということですか?

木村:
そのとおりです。SEコースに在籍していましたが、最初の1週間ほど簿記の授業がありました。実は大原が簿記の学校であることは知っていましたが、税理士の学校でもあることは知りませんでした。というより、税理士という職業自体を知らなかったんです。後日、先生との面談の中で税理士コースの存在を知りました。また、入学してすぐ仲良くなった友達がたまたま税理士コースだったんです。先生も友達も「税理士のすばらしさ」を熱心に語ってくれました。今まで真剣に考えてこなかった自分より、一生懸命考えている人達が「いい」って言うくらいだから、間違いないだろうなって(笑)。それですぐ税理士コースに変更しちゃいました。両親に頭を下げて、SEへの思いを作文に書いてまで入学したのに、1週間で勝手に進路変更したものだから、またきつく怒られました。在学中は奨学金を借りて3年間、22歳から25歳まで勉強しました。
4つの事務所と、心が折れかけた日々

26歳で最初の事務所に入られてから独立まで、4つの職場を経験されています。それぞれどんな転機があったんですか。

木村:
1社目は大和市の個人税理士事務所で、2年半くらい勤めました。当時はコミュニケーションが苦手だったのもあって、勝手にデスクワーク中心の業務だろうと思い込んで入社したんです。ところが入社直後から、退職予定の先輩の仕事を引き継ぐことになって。TKCの事務所でしたので、巡回監査で外回りや来社対応が当たり前。想像していた働き方と真逆でした(笑)。

2社目の相続専門税理士法人に移られたのはどういう経緯ですか?

木村:
これはもう正直に言います。税理士試験の1ヶ月前に婚約破棄になったんです。精神的なショックで何も手につかなくなり、一刻も早く環境を変えたくて転職しました。当時は相続税の受験中だったので、それを活かせる職場を選びました。ここでは相続中心の実務経験だけでなく、税理士という専門家としての心構えや在り方を、直属の上司から教わりました。私が税理士として独立できたのは、この教えがあったからだと思っています。ただ、当時はまだ未熟だったので、その教えに心と体が付いていかず、最終的に体調を崩して退職しました。

3社目に移られるタイミングで、お母様のことがあったと伺いました。

木村:
転職活動のために実家で履歴書を書いていた日に、家の中で母が倒れたんです。急いで駆けつけると、母から「大丈夫だから救急車を呼ばないで」と言われました。頭の中では「すぐに救急車を呼ばなきゃ」という気持ちがよぎったんですが、その瞬間に母の言葉を信じてしまって。母を想うあまり、それが正しいと思い込んでしまったんです。父が帰ってきてすぐ救急車を呼んで一命は取り留めましたが、重い後遺症が残ってしまいました。そのせいで、仕事人間で働くのが大好きだった母は退職せざるを得なくなりました。あの時、迷わず自分の強い意志と責任をもって行動していれば、もっと違う未来があったかもしれない…。その思いはずっと残っています。

そこから3社目の総合型税理士法人、4社目の横浜市の個人税理士事務所と移られたと。

木村:
総合型税理士法人では、相続・事業承継や組織再編などの税務コンサルティング業務を中心に担当していました。自由度が高くて居心地も良く、忙しくも楽しく仕事をさせていただいていたんですが、母との一件がずっと頭の中に残っていて。そんな時に、友人から「うちの事務所に来ない?」と声がかかったんです。結果的に、その横浜市の個人税理士事務所に移らせてもらって約5年働きました。
独立して気づいた「寂しさ」と、裏表なく向き合う覚悟

そこから独立を決断されたのはどういう経緯ですか?

木村:
横浜市の個人税理士事務所では、ありがたいことに協業先やお客様からご紹介をいただけるようになり、担当件数も徐々に増えていきました。それがきっかけで、自分で責任を持って最初から最後までやり遂げたいという気持ちが次第に強くなっていって。同時に、このまま会社勤めで良いのか、非常に迷いました。税理士試験は4科目合格していたものの、最後の1科目が合格できず諦めていたんです。それが2019年の結婚を機に、税理士登録と独立を決意して会計大学院へ入学しました。そして2022年7月に独立開業しました。

開業してからの道のりはいかがでしたか?

木村:
お客様を引き継いでのスタートだったので、最初は比較的順調でしたね。ただ、独立をきっかけに自分の中で決めたことがあって、「良いことは良い、悪いことは悪いと素直に言う」ということです。さっきお話しした母のこともそうですが、自分が正しいと思った時に行動しないと、その人の未来を変えてしまうかもしれない。正直、言いづらいことを伝えるのは毎回つらいですよ。慣れないです。でも、それが自分の役割だと思っています。会社勤めの時は組織の一員として我慢や遠慮をしていたこともありましたが、独立をきっかけにお客様に対してはっきり言おうと決めていました。

結果的に、2年目の終わりにはお客様の3分の1くらいが入れ替わりましたね。解約を希望されたお客様もいますし、私からお付き合いできないと解約を申し出たケースもあります。すごく苦しかったけど、この信念を曲げてはダメだと思ったんです。信念を曲げてまでお付き合いしても、一番苦労するのは従業員ですから

その苦しい時期をどう乗り越えたんですか?

木村:
「自分自身を変えたい」「この流れを何とかしたい」という気持ちが強くあったんです。だからこそ、苦手な異業種交流会やビジネスコミュニティ、能力開発・自己啓発系のセミナーやスクールへ積極的に参加しました。人と接する機会を増やしてコミュニケーションを重ねるうちに、だんだん慣れてきて自分らしさを表現できるようになっていって。人とのつながりも増えていく中で、少しずつ前向きになれました。

独立してみて、予想外だったことはありますか。

木村:
雇用せず一人で仕事するのが性に合っていると思っていましたが、一日中周りに誰もいない日が何日も続くとさすがに寂しいですね(笑)。これは独立して初めて気づきました。開業時に借りた事務所が小さな窓付きの狭い部屋で、毎日一人で黙々と仕事していましたが、その時にやっぱり人と一緒に働きたい、仲間が欲しいって心から思いましたね。
新しいもの好きの税理士が、対面にこだわる理由

お客様から「選ばれている理由」は何だと思いますか?

木村:
お客様からは、誠実で裏表なく支援や助言をしてくれるとよく言われます。税務顧問、財務顧問、相続・相続対策、事業承継など、これまで4社の税理士事務所で培った総合的な支援に加えて、お客様にとって有利な提案だけでなく、不利な助言もしてくれると。

例えば税務の現場では、与えられた選択肢の中からお客様自らがどの方法を適用するか選ばなくてはならない場面があります。我々は税の専門家なので税金計算ありきの思考になりがちですが、必ずしもそれがお客様のためになるとは限りません。選択肢をこちらで絞らず、お客様にとって耳の痛い話でも事実をお伝えした上で選んでいただくことを心掛けています。当たり前のことかもしれませんが、私の中では最も重視していることです。

ほかにご自身の強みだと感じている部分はありますか?

木村:
もともと、新しいものを取り入れることが大好きな性格で、興味を持った分野は徹底的に調べずにはいられないんです。かつてSEを目指したのも、パソコンへの興味がきっかけでした。また、新聞配達をしていた頃、紙面がいずれデータに置き換わるだろうという大きな時代の流れを、肌で感じていました。その感覚は、今も変わりません。

現在ではAIを積極的に業務に取り入れていますが、ITが台頭してきたあの時代と同じ「潮目」を感じています。開業当初からペーパーレス化を掲げ、クラウド型会計ソフトのマネーフォワードやfreee、STREAMEDで会計処理を効率化しながら、連絡や資料のやり取りにはメール、Chatwork、Google Driveを活用してきました。IT、DX、そしてAI——これらは抗うべきものではなく、お客様とともに乗りこなすべき時代の必然だと捉えています。とはいえ、お客様にとって長年慣れ親しんだやり方を変えることへの戸惑いは、ごく自然なことです。「今のままではいけないのでしょうか」——そんな言葉をいただくこともあります。そのたびに私は、変化を押しつけるのではなく、その意味と必要性を丁寧にお伝えしながら、お客様一人ひとりのペースに寄り添うことを心がけています。どれだけ時代が変わっても、お客様との信頼関係こそが、変えてはならない土台だからです。

私が考える「伝統と時流の調和」——「変えてはならないもの」と「変えなければならないもの」を見極める目を養い、日々の実践の中で磨き続けること。その積み重ねが、お客様の未来を一緒に切り拓く力になると信じています。

テクノロジーを推進しながらも、対面にこだわっていると伺いました。

木村:
開業当初はZoom面談を中心としたオンライン対応を目指していましたが、現在は従業員の雇用とAIの普及・活用範囲の拡大に伴い、積極的に対面の時間を設けるようにしています。同じ空間で向き合うからこそ生まれる、その場の空気や緊張感、言葉を超えたやり取り。それは人間にしか提供できない価値だと思っています。

AIは便利で効率的ですが、単なる道具として扱うのではなく、従業員と同じく一人のパートナーとして捉え、ともに協力していく。それによって生まれた時間と余力を、お客様との対面に充てることで、新たな価値提供につながると考えています。

木村龍税理士事務所
税務顧問と相続、両輪でなければ守れない

相続・事業承継にも注力されていますが、税務顧問との両立はどう位置づけていますか?

木村:
社長が現役のうちは必要ないかもしれませんが、いずれは年を取りご自身の進退と相続・事業承継を考えるようになります。ですが、いざ相談しようと思った時に顧問税理士が対応できないのでは、お客様にとってマイナスですし、場合によっては手遅れになりかねません。もちろん、税務顧問と相続・事業承継をそれぞれ別の税理士に依頼することも可能です。ただ、顧問税理士としてどちらの相談にも対応できる体制を整えること自体に、私は意味があると思っています。だからこそ、税務顧問と相続・事業承継の両輪は切り離せないんです。

税務顧問と相続・事業承継の両輪が大切だと気づかれた、原体験のようなものはありますか。

木村:
相続専門税理士法人に勤めていた時に担当した顧問先の社長が急逝されたことです。相続業務も私が担当することになったんですが、その時に初めて大変な状況にあったことを知りました。当時の私は税務顧問と相続・事業承継は別業務と考えていましたが、もっと踏み込んで社長と話をしていれば、もしかしたら違う未来があったのかなと。母の時と重なりますが、その思いがずっと心に残っています。

事務所の今後の展望を聞かせてください。

木村:
税理士業界は従業員10名未満の事務所が全体の9割ほどと言われています。せっかく独立開業したからには、そこは超えたいと思っています。ただし無理に拡大するつもりはなくて、まずは従業員みんなが毎日楽しく笑顔で働き続けられる職場をつくること。その上でお客様には、税務・財務・相続を軸に、安心と信頼を土台にした伴走支援で成長を後押ししていきたいです。派手な目標ではないかもしれませんが、私にとっては大切な挑戦です。

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取材後記

高校時代の話から婚約破棄、精神的な限界、お母様のこと——木村さんは驚くほど率直に、ご自身の過去を語ってくださいました。「お客様にとって耳の痛いことを言うのは毎回辛い。慣れない」と言いながらも伝え続けるその覚悟に、木村さんが選ばれる理由を見た気がします。

心から真剣に向き合うスタンスで、お客様から信頼を掴む木村さんは、これからもっと成長されていかれるんだろうなと感じるインタビューでした。

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※ 本インタビューの内容は取材時点のものです。事務所の体制やサービス内容は変更される可能性があります。最新の情報については各事務所に直接お問い合わせください。