元トラックドライバー、40歳で独立開業――AI×クラウドで「経営者の笑顔」を支えるYAAC税理士事務所の挑戦

山田直広(やまだ なおひろ):YAAC税理士事務所 代表税理士
高校卒業後、バンド活動、トラックドライバー、自動車メカニック、営業マンと異色のキャリアを歩む。「自分の人生のオーナーシップを握りたい」という思いから30代半ばで一念発起し税理士を目指すし、2017年に40歳目前で独立開業。2021年から会計ソフトの主軸をfreee会計へ移行開始。 2023年にfreee会計認定アドバイザー最高峰の五つ星を取得し同年にfreee専門税理士へ、2024年にはAI・クラウドを主軸とする方針を明確にし、屋号を「YAAC税理士事務所」に変更。 独自にカスタマイズしたkintoneをメインツールとして顧問先との業務記録、チャット履歴・面談記録をAIで分析するなど、テクノロジーを駆使した伴走型支援を実践している。
まず、今の事務所の体制について教えてください。
正社員が2名、パート・アルバイトが2名の計4名体制です。正社員のうち1名は広島から完全テレワークで参加していて、弊社で一番キャリアが長い4年半のスタッフです。今は税理士試験も目指していて、1科目を取得済みです。
役割分担としては、一応担当制を取ってはいるんですけど、全員でお客様の状況が見える状態にしています。お客様との打ち合わせは基本的に僕が対応して、サポートスタッフが同席する形。バックオフィスの記帳チェックは広島のスタッフが一次チェックをして、最終チェックを僕がやるという流れですね。
お客様にはどんな特徴がありますか。
創業支援に力を入れてきたので、設立当初から関与しているお客様が7〜8割です。業種は特に絞っていなくて、ITから飲食、建築、自動車販売まで本当にさまざまですね。
対応は基本Zoomなので地域も限定していません。一番遠い方だと鹿児島。同じ千葉県内でも一度もお会いしたことがない方もいらっしゃいます。95%ぐらいは関東近郊ですけど、それ以外のエリアにも全然いますね。年商規模はスタートアップからお付き合いしているので幅広くて、アッパーで5億円弱、ボリュームゾーンは5,000万〜1億円といったところです。

多彩なキャリアを経て税理士を目指されましたが、きっかけは何だったのですか。
いろんな職を経験した上で、自分の人生を自分でオーナーシップとして握りたい、独立したい、開業したいというのがまずあって。開業したいからじゃあ何をやろうと思って選んだのが税理士なんです。
実は父が会計士、母が税理士という家系なんですよ。でも当時は全く興味がなくて、むしろ反発していました。スーツを着てパソコンをパチパチいじる仕事なんて絶対やりたくないと。僕はトラックの運転手をしたり、現場仕事のアルバイトをしたり、汗水流して働くのが楽しいタイプでしたから。
ただ、社会人経験を積んでいく中で、人に雇われる働き方に違和感を感じ始めて。資格を取ってしまえば選択肢が広がるなと思ったのが、税理士を目指したきっかけですね。
トラックドライバーの後、オートバックスで8年間メカニックをされていたと伺いました。
車が好きでトラックの運転手になったんですけど、途中で盲腸になって1〜2ヶ月仕事を休んだんですね。その間に転職しようと思って、たまたまオートバックスの大型店舗が新規出店するオープニングスタッフの募集があった。チャンスだと思って飛び込みました。
そこで8年間キャリアを積んで、工場長にまでなったんです。でもトップになった瞬間に、これ以上は上がないとわかった。33〜34歳ぐらいの時ですけど、急激にモチベーションが下がって、次のステージに進もうと。僕の中で転職にブレーキがないんですよね。「あ、もうやめよう、変えよう」みたいな感覚で。
そこから営業を経て、税理士の勉強を始めたのですね。
営業は3〜4ヶ月ぐらいですぐ辞めて、失業保険をもらいながら1ヶ月考えて「税理士になろう」と決めました。しかもその時、子供が2人いて収入源は僕だけ。僕がストップしたら家族がやばいという状況で、失業保険の9ヶ月間でどこまでやれるかの勝負でした。
結果、半年で日商簿記2級と1級を取得して受験資格を得ました。ただ、税理士事務所に就職しようとしたら、どこも雇ってくれないんですよ。35歳未経験の男性、家族持ち。履歴書を送っても面接にすら呼ばれない。だから母の事務所に「受かったらすぐ出ていくから働かせてくれ」とお願いして、4年間働きながら税理士試験に合格しました。
35歳で目指し始めて、逆算すると4年で取れば40歳で税理士になれる。税理士試験の合格発表が12月で、僕の誕生日が5月。登録が4月で開業届を出したのが5月1日。40歳までに税理士になるという目標にギリギリ間に合いました。だからこそ本気になれたんだと思います。
独立当初はどんな事務所としてスタートしたのですか。
経験が母の事務所での4年間しかなかったので、そこと同じパッケージ――弥生会計と達人で始めました。実務経験も不足していたので、まずはできることを徹底的にやると。いろんな仕事を断らず、お客様に対してできることを常に考えながら取り組んでいました。
そこからAI・クラウド主軸への転換はどのように起きたのですか。
転機はfreeeのユーザーコミュニティ「マジカチ」との出会いです。以前から存在は知っていたんですが、オフラインイベントへの参加はハードルが高くて。それがコロナ禍でオンライン開催になって積極的に参加するようになったんです。freeeを使っている税理士の方たちがすごく楽しそうで、freee会計に一気に興味を持ちました。
そこから3〜4年かけてfreee会計専門に切り替えていったんですけど、もともと独立当初から自分でマクロを組んだり、ストレージはDropboxを使ったり、IT系には興味がありました。freeeによって、自分の強みをより明確に認識できたという感覚ですね。
屋号変更もその流れの中で。
freee専門に切り替えてから2〜3年経って、人も雇用して事務所のフェーズを切り替えたいと考えました。ブランディングの一環として、個人名の事務所よりもっとかっこいい名前にしたいなと。「YAAC」はYAMACK ACCOUNTING AND CONSULTINGの頭文字です。
ここまでの道のりを振り返ると、順調でも平坦でもなかったけど、めちゃくちゃ楽しかった。やればやるほど新しいことが出てくるんです。融資支援、補助金の計画書づくり……お客様の困りごとにはとりあえず首を突っ込む。それを全部吸収していくスタンスだったので、大変というより楽しいほうが勝っていましたね。
freeeへの切り替えで、顧問先の反応はどうでしたか。
弥生からfreeeに切り替えていただいたお客様が半分ぐらいいるんですけど、ライセンス費用の負担が上がっても、むしろ満足して喜んでくれた方がほとんどでした。「経理が楽になった」と。お金が安いからいい、高いから悪いではなくて、いいもので満足できることが大事なんだと確証を持てたのは大きかったです。
一方で、変化を嫌うお客様は一定数いらっしゃいました。でも事務所自体がどんどん次のステージに変化しているので、合う合わないが生じるのは当然のことだと思います。所内でも正直、ここで離れていった従業員が何人かいます。でも今は変化に前向きなスタッフと一緒に仕事ができていて、すごく心地いい。時代の変化についていかないとこれからは生き残れないと感じていますから。

AIで税理士の仕事はどう変わっていくとお考えですか。
より密度の濃い仕事ができるようになると思います。AIはアウトプットが得意ですけど、それを成果――アウトカムに変えるのは人間が介在する必要がある。今まで僕らが時間をかけて作っていた資料や情報は、AIが効率的に出してくれる。でもそこにどう色をつけてお客様に伝えるか、経営者がアクションを起こすかは、僕らの関わり次第なんです。
人って感情の生き物じゃないですか。社長にどうテンションを上げてもらうかが大事。それはAIでもできるかもしれないけど、僕は人間がやるのが楽しいと思っています。
お客様への接し方で工夫されていることはありますか。
最近意識しているのは、面談時の経営者の表情です。数字への食いつき方だったり、「この経営者は何をしてほしいのか」を常に高い感度で察知するようにしています。
テキストコミュニケーションの変化もAIに分析させています。非財務情報にこそ宝が眠っていると思っていて、全てのクライアントのチャット履歴を毎日自動蓄積し、面談記録も全て文字起こしして、顧客ごとのNotebookLMに蓄積しているんです。そこにプロンプトを1つ投げるだけで、そのクライアントの現状や今後やるべきことが出てくる。
お客様との契約書にも情報利用について明示していて、面談の記録やAI活用について同意をいただいた上で運用しています。
異業種からの転身だからこそ、寄り添えている部分はありますか。
正直、他の先生の対応がわからないので比較はできないんですけど、より近しいところにいるんじゃないかなとは思います。僕のお客さんで「先生」と呼ぶ方はいないんですよ。だからこそ、常に隣にいるイメージで。今はコーチングも学んでいるので、クライアントと同じ未来を見て、一緒にそこへ向かうということを意識しています。
最後に、今後の事務所の展望を聞かせてください。
去年移転した理由の一つが、席数を増やしてある程度の規模まで成長させたいということでした。ただ単純な規模拡大ではなくて、ご支援できる顧問先数を増やす――自分が「守れるエリア」を拡大したいんです。薄くして広げるのではなくて、今の濃さのまま広げる。そのためにはまずスタッフの教育育成と、仕事に対する満足度を高めることが先だと思っています。
3年以内に10名の事務所にするというのが一つの目標です。10名って事務所の一つのラインだとよく聞くので、まずはその景色を自分で見てみたい。そこで次の手を考えようと思っています。

実はご家族にも税理士がいらっしゃると伺いました。事務所の成長像として意識されているのですか?
はい。父が会計士、母が税理士で、弟も税理士なんです。次男は母の会計事務所を一緒に経営していて、三男は別の税理士法人で10人超の規模まで拡大しています。僕は一人事務所からの規模拡大という方向性なので、三兄弟それぞれ全然違う道を歩んでいるんですよね。
正月に集まっても仕事の話はほとんどしないんですけど、困った時には頼り合える。僕は相続・資産税をやらないので、そういう案件は弟にお願いしたこともあります。それぞれ違う方向を見ているからこそ、変な競争意識もなく、いい距離感でいられるのかなと思います。
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取材後記
トラックドライバー、自動車メカニック、営業マン――まるで人生ゲームのようにキャリアを駆け抜けてきた山田さんが、たどり着いたのは「税理士」という仕事でした。会計士の父と税理士の母を持ちながらも、スーツ姿の仕事には「絶対やりたくない」と反発していた青年が、35歳で一念発起し、40歳の誕生日を目標に逆算して資格を取得する。その行動力と覚悟に圧倒されます。
印象的だったのは、山田さんの口から何度も出てきた「楽しい」という言葉です。順調ではなかった道のりも、変化を恐れずに進んだfreeeへの転換も、すべて「楽しかった」と振り返る姿勢。そして今、チャット履歴や面談記録をAIで分析し、経営者の感情の変化まで読み取ろうとする取り組みは、「経営者の笑顔をサポートする」という理念を本気で実践している証だと感じました。
「先生」と呼ぶお客様がいないという事実が、山田さんの伴走スタイルを何より物語っています。3年以内に10名体制へ。今の濃さのまま広げていくというその挑戦を、これからも応援したいと思います。
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