この記事でわかること 同じ1億円の売却でも、売り方で手取りは約3,960万〜7,970万円 まで変わる(3パターンの実額比較) 個人の株式譲渡(約20.315% )・個人の事業譲渡(総合課税最大約55% )・法人売却→配当(二段階課税 )の違い 手取りを削ってしまう実務でよくある4つの失敗 売る前にやっておきたい3つの準備 と、税理士に相談すべきタイミング(遅くとも売却の2〜3年前 ) 事業を立ち上げ数年で売る、いわゆるスモールM&Aを出口に考えている方から、いちばん多く聞かれるのが「うちの会社はいくらで売れますか?」という質問です。もちろん大事な問いですが、同じくらい重要な問いは「売却価額のうち、税金を引いたあと、いくら自分の手元に残るか」です。
同じ「1億円で売れた」でも、"どのような形で売却したか"次第で、手元に残るお金は数千万円単位で変わります。しかも厄介なのは、この差を生むポイントの多くが、「売る直前」では手遅れになってしまうおそれもあるということです。買い手からオファーが来てから慌てて動いても間に合わないものが少なくありません。差は売る数年前の「設計」でほぼ決まってしまうのです。
この記事では、「高く売る」だけでなく「高く売って、手元に多く残す」ために、売り手が知っておきたい税金の基本と、事前にできる基本的な準備を整理します。
結論:同じ1億円の売却でも、手取りは約3,960万〜7,970万円まず結論からお見せします。会社や事業の売り方は大きく「個人が株式を売る」「個人が事業を売る」「法人が売って個人が配当で受け取る」の3パターンに分かれます。わかりやすく、売却価格1億円・取得費(元手)はほぼゼロ・他の所得はなし と仮定して比べてみます。事業開始から3年で売却するケースを想定し、のれん(営業権)は短期の譲渡として扱ったと仮定します。(金額は概算です。実際は資産の内訳・所有期間・他の所得などで変動します)
売り方 税金の目安 手取りの目安 ①個人が株式を譲渡 約2,032万円 約7,970万円 ②個人が事業を譲渡 約5,080万円 約4,920万円 ③法人が譲渡し、利益を個人が配当で回収(二段階) 法人税 約3,270万円 + 配当課税 約2,770万円 約3,960万円
課税譲渡所得 = 1億円 − 取得費0 − 特別控除50万円 = 9,950万円 所得税 = 9,950万円 × 45% − 479.6万円(速算表控除額)= 3,997.9万円 復興特別所得税 = 3,997.9万円 × 2.1% = 84.0万円 住民税 = 9,950万円 × 10% = 995.0万円 税額合計 = 5,076.9万円 → 約5,080万円 /手取り = 1億円 − 5,076.9万円 = 4,923.1万円 → 約4,920万円 ※短期譲渡所得(総合課税)と仮定した場合の計算です。
その差、最大で約4,000万円。 同じ「1億円で売れた」なのに、出口の作り方だけで手取りがここまで変わります。
なぜここまで差がつくのか。次章から課税の仕組みを順に見ていきます。
なぜ差がつくのか — 課税の3パターン売り方は「株式譲渡」と「事業譲渡」の大きく2つに分かれます。そして「誰が売るか(個人か法人か)」と組み合わせると、課税のされ方は次の3パターンに整理できます。
パターン 何を売るか 課税の形 税率のイメージ ①個人が株式を売る 株主として、株式会社の"株そのもの" 申告分離課税(一律・一段階) 一律約20.315% ②個人が事業を売る 個人事業の"ビジネス"(ノウハウ、商標、Webサイト、設備、在庫など) 総合課税(累進・一段階) 累進課税で最大 約55% ③法人が株式や事業を売り、利益を個人が配当で受け取る 会社が持つ株式や事業 法人税 + 個人の配当課税(二段階) 法人税 約33% + 個人税金 最大約49%
① 株式譲渡(個人)は「一律・一段階・消費税なし」個人が株式を売って得た利益にかかる税金は、金額の大小にかかわらず約20.315% (所得税等15.315%+住民税5%)。しかも株を1回売るだけの一段階で終わり、消費税もかかりません(株式=有価証券の譲渡は消費税非課税)。3パターンのなかで税率が一律で、もっとも予測しやすい形です。
② 事業譲渡(個人)は「累進・総合課税」個人が事業そのものを売ると、給与や事業の所得などと合算する総合課税になり、所得が大きいほど税率が上がる累進課税となります。最高で約55%(所得税45%+住民税10%。ほかに復興特別所得税がかかります)まで上がります。
事業譲渡には消費税がかかる — 「税込み・税抜き」の合意を必ず確認 なお、事業譲渡では譲渡額に対して消費税がかかります(土地や有価証券などは非課税)。消費税は買い手から売り手が預かって納付するものなので、価格を「税抜き」で合意していれば手取り自体は減りませんが、「税込みか税抜きか」の合意があいまいだと、売り手が実質的に負担してしまう ことがあるため、契約書で必ず確認したい論点です。
③ 法人が売り、利益を配当として個人が受け取ると「二段階課税」会社が保有する株式や事業を譲渡して利益が出た場合、まず会社に法人税(実効税率でおおむね33%前後)がかかります。その残りを株主である個人が配当として受け取ると、さらに所得税・住民税がかかります。二段階でかかる分、手残りが大きく削られます。
(配当は総合課税ですが「配当控除」があるため、上限は約55%ではなく約49%程度です。とはいえ、株式譲渡の20.315%と比べると高い税率です。)
法人実効税率は資本金1億円以下の中小法人・地方税標準税率を前提としています。(超過課税は考慮外。普遍的な税率の算定が困難なため概算としています。) 配当受取時の上限は、所得税 45% − 配当控除 5% = 40%、住民税 10% − 配当控除 1.4% = 8.6%、合計 48.6% ≒ 約49% (別途、復興特別所得税が所得税額の2.1%)。
保有期間で結論が変わる — 営業権(のれん)の長期・短期②の個人の事業譲渡でも、のれんが「営業権」と認められ、長期譲渡所得に該当すれば課税対象が1/2になって税負担は大きく下がります。「いつ売るか」で税額が変わる、という一例です。
※営業権の取得時期の判定には実務上見解が分かれる面があり、事業や譲渡の実態により結論が変わることがあります。個別には税理士にご確認ください。
自社の場合の手取りを試算したい方へ
売却の形・保有期間・資産の内訳で結論は変わります。売却を「いつか」と考え始めた段階でも、コンシェルジュが無料で状況を整理します。
そもそも、いくらで売れるのか — 年買法という目安ここまで「手取り」の話をしてきましたが、前提となる「いくらで売れるのか」の目安にも触れておきます。スモールM&Aで用いられる一つの価格の考え方として「年買法(ねんばいほう)」があります。
売却価格 ≒ 時価純資産(会社の正味財産)+ 営業権(のれん) ※ 営業権(のれん)≒ 年間の営業利益 × 2〜5年分
時価純資産 :資産を時価に引き直したうえで、負債を差し引いた「正味の財産」。ざっくり「今この会社をたたんだら手元に残る財産」のイメージです。営業権(のれん) :帳簿には載っていない「稼ぐ力」に対する上乗せ。ブランド、取引先、仕組み、ノウハウなど「目に見えない価値」の値付けです。かける年数(倍率) は業界や事業内容で変わります。競争が激しく安定性の低い場合は倍率が低く、逆に安定的で買い手ニーズの高い場合は倍率が高くなる傾向があります。もちろん、この価格の考え方は一例であり、年買法だけではありません。利益(EBITDA:ざっくり言えば「営業利益+減価償却費≒本業の収益力の目安」)の何倍かで価値を測るマルチプル法を使うこともあります。詳しくは別の機会に譲りますが、ここで押さえておきたいのは、「売値」は一つの決まった数字ではなく、"誰が買うか"で目線が変わるということです。買い手によって顧客基盤やエリア、相乗効果を重視したり、利益の伸びや安定性を重視したりします。同じ会社でも、買い手によって値付けは変わるため、複数の買い手候補を比べる意味があります。
実務で見かける、手取りを削る4つの失敗株式譲渡や事業譲渡にかかる税金の仕組みがわかったところで、実務で見かける"手取りを削ってしまう失敗"を挙げます。いずれも事前に知っていて対策すれば避けられるものです。
① 法人化せず、個人のまま売ってしまう個人事業のまま売ると総合課税となり、金額が大きいほど税率が上がります。株式譲渡という選択肢を取れる状態にしておくだけで、結果が変わり得ます。
② 会社はあるのに、"株"ではなく"事業"で売ってしまう株式譲渡なら一段階で済むところを、事業譲渡にしてしまうと、法人税+配当受取時の個人の所得税・住民税で二段階課税となります。買い手側の事情(簿外債務を引き継ぎたくない等)で事業譲渡が選ばれることもあり、どちらのスキームで売るかは価格そのものと同じくらい重要です。
③ 決算書に"個人的なもの"が混ざったまま売りに出す役員貸付金、私的な経費、名義があいまいな資産。こうした事業に関係するかどうか疑義のある取引は、買い手のデューデリジェンス(買収前の精査)で指摘され、税務リスクを理由に価格の値下げ材料になる可能性があり、税金以前に売値そのものを下げてしまいます。
④ 出口対策の相談がM&Aの直前では打ち手が間に合わない法人化も、株の整理も、決算書の見せ方も、M&Aの話が出てきてから直ちに対応することは難しいものばかりです。前もって専門家に相談し、時間をかけて対応することが重要です。
"リスクのある節税"より、"きれいな利益"日々の税負担を抑えたいという気持ちは当然ですが、数年後の売却を本気で考えるなら、"グレーな節税で利益を圧縮すること"は、むしろ手取りを減らしかねません。理由は2つあります。
ひとつは、買い手は税務リスクを"保守的"に見るということです。 買い手は買収前に税務のデューデリジェンス(精査)を行います。少しでもグレーな税務処理があれば、「将来の追徴課税につながりうる隠れた負債」として保守的に評価します。その結果は、価格の減額や、「問題が出たら売り手が金銭で補償する」という条件(表明保証・特別補償など)に繋がります。つまり、リスクを取った節税は、売却時に"値引き材料"として返ってきます。
もう一つは、利益を圧縮すると、売値そのものが下がるということです。前述のとおり、売却価格は資産と利益で大きく変わります。節税のために手元の資産(現預金など)を減らしたり、利益を小さく見せたりするほど、評価が下がって売値が下がることに繋がります。
もちろん、買い手は正常な収益力を見極めるために、事業に関係のない費用を利益に足し戻して評価することもありますが、それは買い手が判断することです。目先の税金を少し抑えた結果、売値が下がっては本末転倒です。そのため売却を見据えるなら、"利益をきれいに積み上げる"ほうが、結果的に得をすることが多くなります。 評価が高くなり、買い手との交渉もスムーズになり、税務リスクの補償を求められることも避けられます。派手な節税策よりも、地に足のついた利益の積み上げと透明な決算。これ自体がいちばん堅実な"出口戦略"です。
売る前に対策しておきたい3つのことでは、手元に多く残すために、売る前に何をしておけばいいのか。優先度の高い対策をご紹介します。
①「株式譲渡で売れる形」に、平時から資本構成を整えておく株式譲渡という選択肢を取れる状態にするために、個人事業なら事業が軌道に乗り始める適切なタイミングでの法人化を検討します。すでに会社があるなら、株の持ち主・株数・取得費(資本金や出資の記録)を明確に整理しておくことが重要です。
よくあるのが、売却が具体化してから「売る事業と残す事業を分けよう」「不要な資産を切り出そう」と、会社分割などで慌てて整理しようとするケースです。しかし、売却直前の会社分割や資本の組み替えは、債権者保護手続きなど手続きの負担と時間がかかります。加えて、税制適格の要件を満たさない組織再編は、その時点で課税が生じることもあります。
だからこそ、売却がまだ具体化していない"平時"のうちに、株主・株数・資産の持ち方(資本構成)を整理したり、不要な資産や兼業している別事業を時間に余裕のあるうちに切り分けたり、余裕をもった早めの対策が重要となります。
② 役員退職金という選択肢 — ただし「就任5年以内」は要注意会社に貯まったお金を社長個人が受け取る方法のうち、役員退職金は税制上有利な選択肢のひとつです。退職所得は原則として「(退職金 − 退職所得控除)× 1/2」で計算されるためです。
役員としての勤続年数が5年以下 の場合、この「1/2」は適用されません(特定役員退職手当等に該当します)。退職所得控除は勤続年数で増加します。 勤続20年までは1年あたり40万円、20年を超えると1年あたり70万円ずつ枠が増えます。裏を返せば、勤続3年なら控除枠はわずか120万円です。
つまり、役員退職金での受け取りは「長く続けた人」ほど有利になります。役員に就任してから5年以内に退職金を受け取る場合 には、退職金を設計するよりも、そもそも株式譲渡(約20.315%)で受け取れる形にしておくことが本筋になります。逆に、長く経営を続けてから引退・売却するなら、退職金を軸にした設計が大きな効果を発揮します。どちらの道を選ぶにせよ、規程・議事録などを事前に整えておく価値は大きいでしょう。
(※退職金は「不相当に高額」と判断されると否認リスクがあります。適正額であるかどうかは専門家に確認を取りましょう。)
③ 直近3期分の決算書・申告書を"きれいに"しておく買い手は通常、3期分の決算書・申告書を見て価格とリスクを判断します。ここが整理されていれば、売値の減額、デューデリジェンスでの指摘、トラブルを避けることができます。役員貸付金や私的経費の切り分け、簿外資産や名義が不明確な資産の整理などは、遅くとも売却の3期前から着手しておきたいところです。
いつ・誰に、何を相談すべきかここまで読んでいただくとわかるとおり、手取りを左右する打ち手のほとんどは「早く対策した人」だけが使えるもの です。
税理士に相談するタイミングは、"オファーが来てから"ではなく"出口を意識し始めたらすぐに"です。遅くても売却の2〜3年前です。株式譲渡で売れる形づくり、受け取り方の設計、決算の整備。どれも時間を味方につけるほど選択肢が増えます。そして、M&Aを検討し買い手を探し始める前に、まず税務面の"出口設計"を固めることが重要です。
なお、この記事では論点を「税金」に絞ってお話ししました。実際のM&Aでは税務の論点だけではなく、買い手がビジネスや財務の面で何を見るか(何が評価を上げ、何がDDでの減額や指摘につながるか)といった論点や、いつ売るのがベストかという"タイミング"の論点も最終的な手取りを大きく左右します。
よくある質問(FAQ) Q. 個人事業のまま売った場合、税金はいくらになりますか?A. 個人が事業を売ると総合課税(累進課税)となり、最高で約55%まで上がります。この記事のモデルケース(売却1億円・取得費ほぼゼロ)では税額は約5,080万円、手取りは約4,920万円です。個人が株式を売る場合(約20.315%)と比べ、手取りに大きな差が生じます。
Q. 事業譲渡に消費税はかかりますか?税込み・税抜きどちらで合意すべきですか?A. 事業譲渡では譲渡額に対して消費税がかかります(土地や有価証券などは非課税)。価格を「税抜き」で合意していれば売り手の手取り自体は減りませんが、税込みか税抜きかの合意があいまいだと売り手が実質的に負担してしまうことがあるため、契約書で必ず確認すべき論点です。
Q. 会社を売るとき、役員退職金で受け取ったほうが得ですか?A. 退職所得は原則「(退職金 − 退職所得控除)× 1/2」で計算されるため、税制上有利な選択肢のひとつです。ただし役員としての勤続年数が5年以下の場合は1/2が適用されず、退職所得控除も勤続年数に応じて増える仕組みのため、「長く続けた人」ほど有利になります。
Q. 役員就任から5年以内に退職金を受け取るとどうなりますか?A. 特定役員退職手当等に該当し、退職所得の「1/2」計算が適用されません。この場合は退職金を設計するより、株式譲渡(約20.315%)で受け取れる形にしておくことが本筋になります。
Q. のれん(営業権)は何年持っていれば長期譲渡所得になりますか?A. 個人の事業譲渡で、のれんが「営業権」と認められ、事業開始から5年超であれば長期譲渡所得となり、課税対象が1/2になります。※営業権の取得時期の判定には実務上見解が分かれる面があり、事業や譲渡の実態により結論が変わることがあります。個別には税理士にご確認ください。
Q. 売却額が数億円を超えると「ミニマムタックス」の対象になりますか?A. 2025年分から導入されたミニマムタックス(極めて高い水準の所得に対する追加課税)は、現行では所得が株式の譲渡益だけなら約10億円を超えるあたりから追加課税が発生します。ただし2027年分からは特別控除額1.65億円・税率30%に強化され(令和8年度税制改正・2026年3月31日成立)、株式の譲渡益だけなら約3.3億円から対象になります。1億円規模の売却であれば直接の影響はありません。詳しくは
ミニマムタックスの解説記事 をご覧ください。
Q. 税理士に相談すべきタイミングはいつですか?A. "オファーが来てから"ではなく"出口を意識し始めたらすぐに"、遅くとも売却の2〜3年前です。法人化・資本構成の整理・決算書の整備は、いずれも時間がかかる打ち手だからです。
まとめ同じ売却額でも、誰がどのような形で売るか で手取りは大きく変わります。個人が株式を売る(約20.315%・一段階)/個人が事業を売る(総合課税で最大約55%)/法人が売って個人が配当で受け取る(二段階課税)。1億円の売却なら、その差は最大で約4,000万円にもなります。
手取りの差を生むポイントの多くは、売る直前では手遅れになってしまいます。譲渡の設計、数字の整備は、M&Aを具体的に検討する数年前から着手する ことが重要です。専門家への相談が早いほど、取ることができる選択肢は多くなります。
将来売却を見据えるなら、リスクのある節税で利益を圧縮するより、利益をきれいに積み上げるほう が、高く売れて手取りも増やせることが多いです(買い手は税務リスクを保守的に見ます)。「いくらで売れるか」だけでなく、「いくら残るか」という観点で準備することも重要です。