高槻市

元信用金庫の税理士は、決算書の「どこ」を見るのか——高槻で「財務戦略パートナー」を掲げるらしく税理士事務所 中澤綱介氏

元信用金庫の税理士は、決算書の「どこ」を見るのか——高槻で「財務戦略パートナー」を掲げるらしく税理士事務所 中澤綱介氏

中澤 綱介(なかざわ こうすけ):らしく税理士事務所 代表/税理士

1987年、熊本県生まれ。同志社大学商学部を卒業後、2010年に京都中央信用金庫へ入庫し、融資担当として融資稟議の作成や取引先の格付けに従事。2015年に京都市内の税理士事務所へ転じ、法人顧問と中期経営計画の策定支援を経験。2021年に税理士法人ゆびすいへ入社し、同年に税理士試験に合格。個人・法人あわせて50社近くの顧問先を担当し、株価評価や相続にも携わった。2026年7月、大阪府高槻市にらしく税理士事務所を設立。マネーフォワード クラウド公認メンバー ゴールド。税理士(登録番号 第148222号)、ファイナンシャル・プランナー2級。趣味はマラソン(自己ベスト2時間28分10秒)。

高槻を軸に大阪から京都まで、年商20億円までの経営者へ——らしく税理士事務所の輪郭

まず事務所の全体像から伺わせてください。現在の体制と、どのようなお客様を想定されていますか。

中澤:
現在は私一人で、レンタルオフィスを拠点に運営しています。エリアは高槻を中心に北摂、そして大阪市から京都市くらいまでを主に考えていますが、オンラインでよろしければ全国どこでも対応するつもりです。業種には特にこだわりがなく、前職では不動産が比較的多かったものの、小売・卸売から建設・建築まで幅広く担当してきましたので、どの業種でもお受けできます。規模でいえば年商20億円くらいまでの企業を想定していまして、それ以上になると上場会社や上場子会社が中心になり、直接代表の方にお会いできないケースが多くなるためです。個人事業主の方や創業して間もない方も含めて、中小企業の経営者の方とご一緒したいと考えています。

立地について、高槻を選ばれた理由と、この地域の事業者さんの印象を教えてください。

中澤:
妻の地元が高槻でして、家を建てるにあたって高槻に決めたのが最初のきっかけです。子育てのことを考えると自宅から遠くない方が良いですし、高槻は京都と大阪のちょうど中間にありますので、事務所を構える場所としてもちょうどいいと思いました。地域としては住宅街ではあるのですが、個人の医院や病院が多く、明治やサントリーの工場、サンスター・丸大食品の本社もあります。税理士登録されている方は100名以上いらっしゃると思いますが、年配の方が多く、税理士法人や規模の大きな事務所は少ないという印象です。
社長と話せる仕事に就きたかった——京都中央信用金庫での5年

ここからは中澤さんご自身のキャリアを伺わせてください。新卒で京都中央信用金庫に入られていますが、金融機関を選ばれた理由は何だったのでしょうか。

中澤:
社長とお話ができる職業に就きたいというのが第一にありました。もともと税理士は目指していまして、父が中小企業の経営者だったので、そのサポートができたらという気持ちがあったのです。父から「税理士や公認会計士という仕事があるよ」と教えてもらって興味を持ったのが最初でした。ただ、大学では陸上部に専念しすぎていて、会計や簿記の勉強に全く身が入らず、卒業時点では税理士業界に入れるほどの知識がありませんでした。それでも社長と直接お話ができる職業を、と考えたときに、地銀や信用金庫であれば社長のサポートができるのではないかと思い、信用金庫に決めました。税理士試験を受け始めたのは、信用金庫に入って3年目くらいからです。

実際に融資をする側にいらっしゃって、今は税理士として融資を受けたい方を支援されています。融資において大事なポイントは、どこにあるとお考えですか。

中澤:
やはりキャッシュフローです。金融機関は利益はもちろんですが、利益よりもきちんとキャッシュフローがあって、それに基づいて返済ができるかどうかを見ています。ところが実際に税理士業界に入ってみると、キャッシュフロー計算書は財務三表に入っていないこともあって、作れる人が税理士側にもあまり多くはありません。その結果、利益は出せていても、キャッシュの動きについては説明できていない、ということが起きています。もちろん利益が出ないことにはキャッシュも生まれませんから利益は重視しますが、金融機関には資金繰り表などを必ず求められますので、そこをきちんと説明できるかどうかが大きいと思います。

税理士側に来られてから、目線が変わったと感じることはありますか。あわせて、信用金庫での経験で今も活きているものがあれば教えてください。

中澤:
決算書を作る側になってまず気づいたのは、金融機関にいた頃は、決算書がどうやって作り上げられているのかを分かっていなかった、ということでした。出来上がった結果だけを見て、ある意味では過去の数字で判断していたわけです。一方で税理士は、現状の資料をもとにお客様へ提案していかなければなりませんから、そこは大きく違いました。融資を受けたいというご希望のある方には、経営指標としてどうすると見え方が良くなるのか、たとえばこの費用は販管費に置くべきか営業外費用に置いた方がいいのか、といった判断を経営者の方と相談しながら作り上げていました。今も活きているという意味では、信用金庫で融資の稟議を作成したり、融資先が正常先なのか、要注意先なのか、破綻懸念先や実質破綻先なのかといった格付けをしていた経験は、そのまま役に立っていると思います。
「来年で区切りをつけて」——3科目を残して迎えた最後の1年

そこから税理士事務所へ移られます。きっかけと、その事務所についてお聞かせください。

中澤:
信用金庫に勤めながら税理士試験に合格するのは、かえって難しいと思い始めたのがきっかけです。当時は渉外係、いわゆる外回りの担当で、支店に渉外係が一人しかいないような状況でしたから、店の成績の半分くらいを一人で取らなければならず、夜8時過ぎまでお客様のところを回っていました。これでは物理的に勉強する時間が取れないので、それなら実務をやりながら勉強した方が効率的だろうと考えて、税理士事務所に移りました。

事務所は、当時京都市に住んでいたので自転車で通えて専門学校にも近い、というくらいの理由で決めたのですが(笑)、規模は10名程度、売上20億円くらいまでの企業が多く、京都と滋賀のお客様が中心の地域密着型の事務所でした。法人顧問がメインではあるものの経営コンサルティングにも力を入れていて、むしろそちらが主だったのかと思うほどで、経営理念を一緒に作り上げるところから中期経営計画に落とし込み、それに基づいて一緒に予実管理していく、という関わり方をしていました。

そこで6年勤められて、税理士法人ゆびすいへ。転職の経緯を伺えますか。

中澤:
少しややこしいのですが、2018年に妻と結婚するまでに簿記論と財務諸表論の2科目は取っていたものの、それ以降の税法科目が全然取れない状況が続いていて、2019年の試験では2科目受けてどちらも不合格になってしまいました。そのときに「2020年の試験で区切りをつけてね」と言われていました。つまり「もう来年でおしまい」という状況で、あと1回で3科目残っていたわけです。そこで当時の事務所の先生や職員の方々に残業はしません、但しご迷惑はかけません、と宣言しました。それで1年、必死で勉強して3科目受けたところ2科目に合格し、首の皮一枚つながったという感じでした。そうした経緯もあって、8月の試験が終わったタイミングで転職活動を始めました。合格発表は12月ですので受かっているかどうかも分からない状況でしたが、いずれにせよ辞めざるを得ない、と考えていました。当初は企業の経理に行こうかと思っていたのですが、なかなかご縁がなく、逆に税理士法人からは「来てほしい」と言っていただけるところが多かったので、その中で一番ご縁を感じたゆびすいに決めました。

12月に2科目合格が分かって、あと1科目。その後はどう進まれたのでしょうか。

中澤:
「あと1科目なので…」と妻と話をしまして、2021年8月の試験を最後にすることで話がまとまりました。そして3月にゆびすいへ入社した直後くらいに妻の妊娠が分かったのです。これで落ちてしまったら育児も始まり、受からない可能性がまた高まる…と思いながらの受験でしたが、無事に合格することができました。

ゆびすいでの5年間は、本当にいろいろ経験させていただいたと思っています。前の事務所は経営コンサルティングに注力していた分、税務申告について全体の知識がある人がそこまで多くなく、相談できる相手が少なかったのですが、ゆびすいは大阪支店だけでも10名以上の税理士がいましたので、いろいろ相談しながらお客様に提案することができ、大変ありがたい環境でした。個人と法人あわせて50社近くの顧問先を担当し、相続は年に1件以上、株価評価は年に2〜3件くらいは常に手がけていました。
Lagom、Mysig、そして「らしく」——事務所名と五方よし

そこから独立を決められたのは、どうしてだったのでしょうか。

中澤:
一番はタイミングだと思います。今39歳で来年の2月に40になるのですが、子供が小さいうちに、子供との時間も大切にしたいという気持ちがありました。そうした中で、他の法人に行ってまたキャリアを積むよりも、独立して自分でやった方がいいと考えたのです。もともと父が中小企業の経営者でしたので、そのサポートができたらという気持ちは、税理士を目指したきっかけの時から変わらずにありました。

事務所名についてお伺いします。スウェーデン語のLagom(ちょうどいい)とMysig(居心地の良い)から来ていると伺いました。

中澤:
そこに、「自分らしく」「あなたらしく」の「らしく」も掛けています。経営者の方の考え方やあり方を第一にしたい、という思いも踏まえて掛け合わせて決めました。スウェーデン語が堪能というわけでは全くなく、事務所名を考えている時に何かいい言葉はないかと探していて見つけた、というくらいのことなのですが、意味を知って、これはちょうどいいと思ったのです。

Valueに掲げられている「五方よし」は、三方よしに「作り手よし」と「未来よし」を足した形です。この2つを足された理由を教えてください。

中澤:
将来、従業員を雇うかどうかはまだ分からないのですが、大きくするとしたら従業員のことも含めて大切にしたい、という気持ちがありました。経営理念に「関わりある人を笑顔にする」と掲げていますので、自分と経営者だけ、あるいは世間だけがいい思いをするのではなく、それを作っている従業員にも笑顔になってほしいと思ったのです。三方よしという言葉は、ゆびすいの今の社長が好んで使っていたこともあってもともと馴染みがあり、調べるうちに住友電工さんが行動指針で「五方よし」を掲げていると知って、うちにもちょうどいいと思いました。

事務所として、どのような特徴を持ってやっていきたいとお考えですか。

中澤:
経営者の「財務戦略パートナー」になりたいと思っています。融資であれば金融機関の目線で資料を作り上げることができますし、税理士としては税法に基づいた会計の知識があります。そうした知識を組み合わせて、創業から事業承継までお付き合いできる存在になりたいと考えています。財務戦略という意味では、経理業務の改善やDX化も含めて、すぐに試算表ができて、生の数字が見える形に持っていくことも大事にしたいところです。マラソンをやっているということもあって、伴走者という考え方で、長くお付き合いしていきたいと思っています。
「3」にこだわる理由——目的を持つ経営者と、これから

ミッションに「3年後のくらしを変える」とあります。この「3年」に込められた意味を教えてください。

中澤:
1年後というのはある程度想像できてしまいますし、逆に5年後になるとどうなっているか分からない。想像して行動に移せる範囲として、3年を目処にしています。ただ実のところ、3年というより「3」という数字にこだわった方がいいと思っていまして。3年後にこうなっていたいという目標があるなら、1年後にどうなっているべきかを考えなければならず、そうすると3ヶ月後の行動が変わります。3ヶ月後の行動を変えるには3週間後の自分が変わっていなければならず、3週間後に変わるなら3日後、3日後に変わるなら3時間後、と、ちょっとした未来を小さな目標にして行動していく。結局のところ、変わろうと思った瞬間から変わっていかないと、変わっていかないのです。マラソンをやっていることもあって、やはりそうした積み重ねが大事だと思っています。

どのような経営者の方とご一緒したいですか。

中澤:
目的を持っている方ですね。経営理念であったり、そうしたところを大事にしている方です。目的があってはじめて目標が作られるものだと思っていますし、経営というのは、その目的を達成するための手段でしかないとも思っています。ですから、経営者ご自身がどういう考えで、どういう目的でその事業をやっているのかを明確に持っている方と、一緒にやっていきたいと考えています。

最後に、数年後を見据えて、事務所をどうしていきたいとお考えですか。

中澤:
今はまだ何とも言えないのですが、私が掲げている経営理念に共感してくれる人がいれば、一緒にやっていきたいと思っています。私自身がこれから経営者になっていくわけですが、その中で従業員を搾取するような形ではなく、やってくれた分だけ、給与や福利厚生として還元していく事務所にはしたいですね。今は税理士業務もフルリモートでできますので、人数を大きくすること自体にはあまりこだわりがなく、考え方が似ている人と一緒に、お互いが成長できるような形でやっていけたらと思っています。

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取材後記

「あと1回で3科目」という一節を、取材中に思わずメモに書き留めました。結婚を機に区切りを決め、直前の年に2科目落とし、残された1年で3科目に挑んで2科目を取り、翌年に最後の1科目を取り切る。しかも転職と第一子の誕生が重なる中での話です。淡々と語られましたが、相当な胆力がなければ通れない道だったと思います。

中澤さんの語り口は、一貫して静かでした。信用金庫で融資の稟議と格付けをしていた5年間の話も、「利益ではなくキャッシュフローを見ている」「税理士側にもキャッシュフロー計算書を作れる人は多くない」と、事実を並べるように話されます。その落ち着きの奥に、3年後・3ヶ月後・3週間後・3日後・3時間後と刻んで行動を変えていく、マラソンランナーらしい積み重ねの思想がある。「変わろうと思った瞬間から変わっていかないと、変わっていかない」という言葉が、この方の芯なのだと感じました。

開業から1ヶ月半、まだお一人の事務所です。ですが「融資する側の目線」と「税理士としての目線」を両方持ち、経営者の財務戦略パートナーとして伴走したいという設計は、はっきりしています。高槻・北摂で創業や融資を控えている経営者の方に、まず一度話を聞いてみてほしい税理士です。

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