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居酒屋の常連客が人生を変えた ――文学青年が渋谷で130件の顧問先を守る税理士になるまで

居酒屋の常連客が人生を変えた ――文学青年が渋谷で130件の顧問先を守る税理士になるまで

武市真賢(たけち まさたか)|武市真賢税理士事務所 代表

高知県出身。國學院大學文学部を卒業後、大手飲食チェーン・木曽路に入社。3年間経験した後、税理士を志す。日暮里の会計事務所で実務を積み、2020年6月にコロナ禍のなか従業員承継で事務所を引き継ぐ。2024年4月に渋谷へ移転し、現在は6名体制で法人顧問を中心に130件超の顧問先を支える。

「何でも受ける」――6名で130件を支える渋谷の税理士事務所

まず、事務所の体制やお顧客の特徴について教えてください。

武市:
今は6名体制で、スタッフは60代が1名、50代が2名、私が40代で、30代と20代が1名ずつ。男性3名、女性3名で、年齢も性別もバランスよくやれています。法人の顧問先が130件ほどあって、それに加えて個人事業主の確定申告や、年に1〜2件ほど相続案件もやっています。

130件というのはかなりの数ですが、業種や規模に偏りはあるのでしょうか。

武市:
特に絞っていなくて、基本的に何でもお受けしています。法人の税務顧問に加えて、個人事業主の確定申告、相続、事業承継と幅広くやっていて、お客さんから「こういうことも相談できるの?」と聞かれたら、基本的に「やりましょう」と答えるようにしています。何でも受けるからこそ、お客さんとの関係も深くなっていくんだと思います。

事務所として根底にある思いはどんなものですか。

武市:
派手に拡大していくというよりも、頼ってくれる顧問先や、働いてくれる従業員のために、安心安全にやっていきたいというのが根底にあります。周りの人間を助けて、力になれればいいなと。うちは20代から60代まで幅広いスタッフがいるので、それぞれの生活も、それぞれの働き方も尊重しながら、お客さんにもスタッフにも「ここにいてよかった」と思ってもらえる事務所でありたいですね。
歴史好きの文学青年が、420席の居酒屋で働くまで

國學院大學の文学部に進学されたのは、どういった経緯だったんですか。

武市:
もともと歴史がやりたかったんですよ。日本史も世界史も、中学の頃からただただ好きで、高校の先生に相談したら「國學院がいいよ」と勧められて進学しました。本当は史学科に行きたかったんですけど、結局日本文学科に入って。ただ歴史への情熱は変わらなくて、東大京大コースの人たちだけが受けるような日本史の授業にも潜り込んで取っていたぐらいです。とにかく歴史の流れを追うのが好きで、それは今でも変わっていないですね。

歴史好きだった方が、今は税理士として数字の世界にいる。どのようなきっかけがあったのでしょうか?

武市:
少し長くなるのですが、大学4年間はずっと木曽路でアルバイトしていて、当時は扶養を外れるぐらいシフトに入ってました。もう人が足りなくて、無理やり入れられてたんです(笑)。卒業の時に正直何も考えてなくて、そのまま正社員として入社しました。しゃぶしゃぶの店長という話だったのに、入ってみたら居酒屋部門に配属されて。朝8時から深夜25時、ランチタイムの仕込みから始まって、夜の営業が終わって片付けするまでぶっ通しです。420席ある大型店舗で、次から次へとお客さんが来て、とんでもない忙しさでした。ただ、あのスピード感の中で鍛えられた体力と現場感覚は、間違いなく今の自分の土台になっています。

当時の経験で、今の仕事に活きていることはありますか。

武市:
飲食のお客さんを見るときに、なんとなくの利益構造がパッとわかるんですよ。客単価がこれぐらいで、人件費がこのくらいかかっていて、回転率はどうかっていうのが、お店に入った瞬間に頭の中で動き始める。オペレーションも気になりますし、「ここの導線、もうちょっとこうした方がいいんじゃないかな」なんて、つい考えてしまう。420席の現場を回していた経験があるからこそ、飲食業の顧問先と話すときの解像度がまるで違うと思いますし、経営者の方にも「わかってくれるね」と言っていただけることが多いですね。
涙が止まらなかった夕方――税理士を目指したきっかけ

その過酷な環境から、どうやって税理士という道に辿り着いたんですか。

武市:
当時、西日暮里に住んでいたんですけど、自分もお酒が好きで近所の居酒屋に飲みに行っていて。そこに毎晩酔っ払って来る常連のおじさんがいたんです。カウンターの一番端にいつも座っていて、いつも一人で飲んでいる。ある時「普段何やってるんですか、ここだけですか」って聞いたら、「ここだけだよ」「税理士だ」って。へえ、そんな仕事があるのかと。毎晩こうやってお酒を楽しめるぐらい余裕のある働き方があるんだなっていうのが、当時の自分にはすごく衝撃的で。その存在がずっと頭の片隅にありました。

その出会いが、直接のきっかけになったわけですか。

武市:
すぐにではないんです。木曽路で3年ぐらい働いて、ある日たまたま仕事が早く上がった夕方に、ふと涙が出たんですよ。もうダメだなって。あの店でたまたま早く上がれること自体がめちゃくちゃ珍しいんです。本当に珍しすぎるタイミングで、ふっと力が抜けたんでしょうね。朝から晩まで走り続けていた日々の中で、ぽっかり空いたあの夕方の時間に、自分が本当はどうしたいのかが一気に噴き出してきた感覚でした。それで退職を決めて、次は何も考えずに、あのおじさんのところに相談しに行きました。

おじさんは何と?

武市:
「税理士になりたいんですけど」って言ったら、「まず簿記の資格を持ってないとダメだ」って。それで簿記の2級、3級を取り、大原に通いながら午前中から15時ぐらいまで勉強して、夜は居酒屋でアルバイト。この2本立ての生活を4〜5年続けました。

26歳から30歳ぐらいまで。かなりハードな生活ですね。

武市:
ただ、木曽路時代の激務に比べたら全然楽に感じたんですよ。朝8時から25時までの生活をしてきた人間からしたら、朝から夕方まで勉強して夜バイトなんて、体力的には余裕がある。それに20代後半でまだ実務経験が浅かったから、リアルの仕事と勉強がリンクしないんです。今だったら、勉強していても「あのお客さんだったらどうなるかな」「この論点、来週の面談で使えるな」って考えちゃう。当時はそういうノイズが一切なかったから、言い方を変えたら仕事のことを気にしないで、純粋に勉強だけに打ち込めた。結果的にあの時期が一番集中できていたと思います。27歳で初めて2科目合格して、28歳で1科目。この期間に3科目取って、31歳で大学院に進んで、その年に前身の事務所に入りました。
予期せぬ従業員承継――コロナ禍で引き継いだ事務所

日暮里の事務所にはどういう経緯で入られたんですか。

武市:
その居酒屋のおじさん繋がりで、紹介してもらって入所しました。当時12〜13名ぐらいの事務所で、所長は私が入ったときにもう70歳を超えていて、長年日暮里で紹介だけで成り立っているような事務所でした。何か相談されたら何でもやる、というスタイルでしたね。

承継はもともと視野に入れていたんですか。

武市:
全く考えていませんでした。先輩が一人いて、その方が後を継ぐものだと思っていたんですけど、資格を取ったら独立してしまって。そうしたら2020年の6月に、所長から「もうやめる」と。コロナの真っ最中ですよ、緊急事態宣言が明けるか明けないかの時期に。突然の話でしたけど、やっぱり好きでやってきた仕事ですし、何よりお客さんのことがある。ここで自分が引き継がなければ、このお客さんたちはどうなるんだろうという思いが一番強かったですね。色々と条件は整理して、そのまま引き継ぐ形になりました。

承継後、自分の色を出していった部分はありますか。

武市:
まず意識したのは、働きやすい事務所にしたいということです。社会保険などの労務面をきちんと整えたり、工数管理の仕組みを入れたり。メインで使っていた弥生会計の活用方法も見直して、スタッフが効率よく動けるように環境を整備していきました。

前の所長のやり方を全否定するのではなく、良い部分は引き継ぎながら、自分の代で変えるべきところは変えていく。そのバランスは常に意識していましたね。その後、2024年の4月に渋谷に移転しました。もともとクライアントが40〜50件ほど東京の南側に集中していたので、お客さんのアクセスを考えてのことです。今入っているビルにはもともと顧問先のお客さんもいて、通うたびに良い場所だなと思っていたので、空室が出たと聞いてすぐに決めました。
武市真賢税理士事務所
対面にこだわる理由――「1時間の会議」では拾えないもの

130件の顧問先を6名で回すために、料金体系なども見直されたんですか。

武市:
そうですね。承継した当初は料金体系が整理されていない部分があったので、そこをしっかり設計し直しました。月額の顧問料をきちんと設定して、年1回の決算だけの関わり方から毎月しっかりお会いする形まで、お客さんの要望に応じた料金プランを作ったんです。「もうちょっとよく会える形がいい」と言ってくださる方もいれば、「年1でいい」という方もいる。130件もあると一律にはできないので、お客さんごとに最適な距離感を見つけていくという考え方でやっています。

ITツールの活用についてはいかがですか。

武市:
My komonをグループウェアとして7〜8年前から導入していて、工数管理もこれで回しています。みんなのスケジュールが一目で見えるので、誰にどの仕事を振るかの判断がしやすいですし、業務の偏りにも早く気づける。最近だとGeminiで仕訳を補助してくれたりもしますし、クラウド会計との連携も進めています。使えるものは積極的に使いたいというのが基本姿勢で、新しいツールが出たらまずは自分で試してみて、スタッフに展開するようにしていますね。

一方で、対面での面談を基本にされているそうですね。

武市:
そうですね。お客さんが「Web面談でいい」と言えばもちろんWebにしますけど、基本的には対面で会いに行っています。Web面談ってどうしても1時間で終わりという雰囲気が強いと思っています。議題を整理して話して、終わったらさようならで、遊びがないというか。でも対面だと、面談が終わった後にちょっとお茶を飲みながら「実は最近こういうことがあって」みたいな話が出てくる。意外とそこに必要な情報がポロっと隠れていることがあって、それは画面越しでは絶対に拾えないものなんです。

AIがどれだけ進んでも、その価値は変わらないと。

武市:
結局、人としてちゃんと話すということに尽きると思います。AIで全部CSVに出してくれて、仕訳も作れる時代が来るかもしれない。でもそれと、経営者の表情を見ながら「最近どうですか」って話すことは、全然別の次元の話ですから。数字の裏にある経営者の気持ちや迷いは、顔を合わせてこそ伝わるものがある。日暮里時代から長くお付き合いしている古いお客さんも多いので、なおさらそこは大事にしていきたいですね。
三軒茶屋をもっと面白く――税理士の枠を超えた地域活動

57年士業の会の理事をされていますが、どんな活動ですか。

武市:
昭和57年生まれの士業が集まる会で、税理士だけじゃなくて建築士の方なんかも来られます。月に1回ぐらい集まって、人をどう採用すべきか、料金体系はどうしたらいいか、AI時代に報酬はどう変わるのかといったテーマで情報交換しています。同じ世代で独立を考えている人、すでに独立してバリバリやっている人、これから規模を拡大しようとしている人と、立場はそれぞれ違うんですけど、だからこそ色々な角度の話が聞ける。自分が聞き役になっちゃうことが多いんですけど、それがまた楽しくて刺激になりますね。月1で理事会もやっていて、セミナーの企画なんかも手がけています。

三茶ワークカンパニーにも深く関わっていらっしゃいますね。

武市:
三茶ワークカンパニーは2019年の2月、コロナの前に設立された会社です。「三軒茶屋にコワーキングスペースがないから作ろう」という、三茶が好きな3人の創業者が始めたんです。その立ち上げの時に「税理士が必要だ」ということでそれぞれが税理士を連れてきて、私もバスケ仲間の繋がりで呼ばれてお付き合いが始まりました。オープン前にはみんなでDIYで壁を塗ったりもしましたね。つなぎを着てペンキまみれになって、税理士が何やってるんだっていう(笑)。でもそういう距離感だからこそ、ただの顧問先ではない深い関係が築けているんだと思います。

今はどのくらいの規模になっているんですか。

武市:
三軒茶屋にコワーキングスペースが4拠点にまで広がっています。青山ファーマーズマーケットの関係者を呼んで三茶でマーケットイベントをやったり、世田谷区と連携して創業支援のプログラムを回したり。創業を考えている方向けに、事業計画を一緒に作って必要な経費の補助を受けられるようにサポートするような取り組みですね。コワーキングスペースに集まる方の中から独立する人が出てくると、自然と「税理士さん紹介して」って声がかかるので、地域と繋がっていこうという考え方と、税理士としての仕事が無理なく結びついている。それがすごく心地いい関係なんです。
武市真賢税理士事務所
守ることが、攻めること――これからの武市真賢税理士事務所

最後に、今後の事務所のビジョンを教えてください。

武市:
派手な目標はないんです。今いてくれる従業員や顧問先を守れるように、それが一番大事なことだと思っています。AIで料金体系とかも変わってくるかもしれないし、業界の常識が数年後にはガラッと変わっている可能性もある。でもどんな時代になっても、しっかり関わる方の生活を守れるような関わり方をしていきたい。お客さんが安心して経営に集中できるように、うちのスタッフも安心して働き続けられるように。その両方を両立させていくことが、自分にとっての事務所経営の目標です。

故郷の高知に拠点を出すといった構想はありますか。

武市:
考えたことはあるんですよ。高知は面積こそ広いんですけど森林が80%で、人が住んでいるエリアは意外と限られている。税理士の先生方も高齢化が進んでいて、若い世代で開業している人がなかなかいないんです。だからこそ需要はあると思っていて、実家もありますし、あの土地のために何かできたらという気持ちはずっと持っています。ただ、拠点を2つ持つには税理士法人にしないといけなくて、税理士が最低2人必要になる。今はまだそこまでの体制ではないので、将来しっかり準備が整ったときに挑戦したいですね。
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本日はありがとうございました。

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取材後記

420席の居酒屋で涙を流した夜から、西日暮里の常連客との出会い、コロナ禍での承継、そして渋谷への移転。武市さんのキャリアは偶然の連続に見えて、その根底にはいつも「目の前の人を大切にする」という一貫した姿勢がありました。「安心安全にやっていきたい」という静かな言葉の裏に、揺るぎない覚悟を感じた取材でした。

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※ 本インタビューの内容は取材時点のものです。事務所の体制やサービス内容は変更される可能性があります。最新の情報については各事務所に直接お問い合わせください。