会社員を個人事業主化して残業代を副業収入にする賃上げスキームの問題点を税理士が解説
話題の賃上げスキーム、実は名目を変えただけ?税務上の落とし穴を徹底解説。
話題の賃上げコンテスト優勝アイデアとは
先月、「賃上げを幅広く実現するための政策アイデアコンテスト」が開催されました。取り組み自体は非常に素晴らしいことだと思います。そちらのコンテストで優勝した作品が2作品あるのですが、そのうちの1つが「残業から副業へ――全ての会社員を個人事業主にする」というアイデアでした。とある保険会社の営業の方のアイデアだったそうです。
このアイデアについて色々と議論や誤解がありそうなので、今回詳しく解説します。結論から言うと、「賃上げ」とは言いながら、実態は名目を変えただけではないかというのが私の意見です。
📌 コンテスト優勝アイデアの概要
タイトル:「残業から副業へ――全ての会社員を個人事業主にする」
提案者:とある保険会社の営業担当者
内容:企業への残業を一切禁止し、従業員は定時以降に個人事業主として残業相当分の業務を企業から受注する
📝 このセクションのまとめ
- 内閣府の賃上げコンテストで「会社員を個人事業主化するスキーム」が優勝した
- アイデアとしての切り口は面白いが、税務上の問題点が多数存在する
- 実態は「名目を変えただけ」の可能性が高い
スキームの具体的な仕組みと試算
このアイデアで使われているモデルケースは次のような中小企業Aです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 従業員数 | 10名 |
| 年商 | 2億円 |
| 経常利益 | 1,000万円 |
| 社員の平均年収 | 500万円(固定400万円+残業代100万円) |
このスキームでは、勤務時間が終わったら「会社員」から「個人事業主」にガラっと切り替わります。定時以降は個人事業主として残業相当分の業務を企業Aから受注し、受注価格はこれまでの残業代と同様の100万円とします。
これにより、企業側と従業員側にそれぞれ次のような効果が生まれるとされています。
企業側(ビフォー・アフター)
| 項目 | ビフォー(残業代) | アフター(業務委託) |
|---|---|---|
| 支払総額 | 残業代1,000万円 | 業務委託費1,000万円(消費税込) |
| 社会保険料(会社負担・約15%) | 150万円 | 0円 |
| 合計負担 | 1,150万円 | 1,000万円 |
| 削減効果 | ― | 150万円のコスト削減 |
従業員側・1人あたり(ビフォー・アフター)
| 項目 | ビフォー(残業代) | アフター(副業売上) |
|---|---|---|
| 受取額(額面) | 100万円 | 100万円 |
| 社会保険料(本人負担・約15%) | ▲15万円 | 0円 |
| 所得税 | ▲6万円 | (資料では省略) |
| 手取り | 79万円 | 100万円 |
| 手取りアップ額 | ― | +21万円(約26%増) |
一見すると、企業は15%の増益、従業員は約21%の手取りアップという画期的なスキームに見えます。さらに、有給休暇の時間を副業に使ってさらに年収をアップするという提案もなされています。
提案の背景としては、「賃上げ実現に向けた事業者の不安および消費者の不安による賃上げムードの停滞を打開するために、新たな財源を必要としない消費活性策を提案したかった」とのことです。
📝 このセクションのまとめ
- 定時以降を「業務委託」に切り替えることで、社会保険料の会社負担(約15%)がなくなる
- 従業員側も社会保険料の本人負担がなくなり、手取りが約21万円増加するという試算
- ただし、この試算には副業部分の税金が一切含まれていない
問題点① 副業の税金が一切考慮されていない
このアイデアの資料を見ると、副業となった場合の税金が一切加味されていません。
会社員の副業の社会保険に関しては、現行の法律では社会保険料の対象にならないという法律の穴が存在するので、社会保険料の負担はありません。しかし、税金はちゃんと発生します。
📌 税金の発生について
社員1人あたりの残業代を除いた年収は400万円です。この所得水準では、ざっくり所得税だけでも税率10%が発生します。
会社員から個人事業主になるわけですから経費の計上はできます。さらに青色申告をして事業所得として確定申告をすれば、青色申告特別控除を受けて節税することも可能です。
ただし、経費をたくさん計上して利益をゼロにするというのは実務的にありえません。それ以前に、この働き方のスタイルでは、業務委託であったとしても計上できる経費はほとんどないと思われます。
副業の売上100万円に対して、10万円以上の税負担が発生してもおかしくないと考えられます。先ほどの試算で「手取りが21万円アップ」とされていましたが、税負担を差し引けばその効果は大きく目減りします。
⚠️ 注意
コンテストの資料には「登場する数値は超概算です」という補足があり、住民税の計算も省略されています。副業収入には所得税だけでなく住民税も発生するため、実際の手取り増加額はさらに小さくなります。
📝 このセクションのまとめ
- 副業(個人事業)の収入には所得税・住民税が発生する
- 社会保険料は対象外だが、税金は必ず発生する
- この働き方では計上できる経費がほとんどなく、利益をゼロにすることは実務上ありえない
- 売上100万円に対して10万円以上の税負担が発生する可能性が高い
問題点② インボイス未登録なら手取りが減る可能性がある
企業側のアフターの試算を見ると、業務委託になると消費税込みで1,000万円を支払うという形になっています。内訳は業務委託費(本体)が910万円、消費税が90万円です。
ここで重要になるのがインボイス制度です。企業側からすれば、支払い先(元従業員)がインボイス登録をしていなければ、この消費税90万円を仕入税額控除として差し引くことができなくなります。
| 元従業員のインボイス登録 | 企業への影響 | 元従業員への影響 |
|---|---|---|
| 登録あり | 消費税90万円を仕入税額控除できる | 1,000万円(消費税込)を受け取れる |
| 登録なし | 消費税90万円が控除できず、企業の消費税負担が増加 | 企業から「910万円しか払えない」と言われる可能性がある |
損得勘定を考えれば、企業は副業として働く元従業員にインボイス登録を求めることになります。インボイス登録をしなければ、会社の消費税負担が増えてしまうため、「今まで1,000万円払っていたけれど、910万円しか払えない」ということになりかねません。
📌 ポイント
インボイスの問題は、必ずそうなるというわけではなく、会社と業務委託側の双方の合意によって決まります。ただし、企業側の経済合理性を考えると、インボイス登録を求められるケースが多くなると考えられます。
📝 このセクションのまとめ
- 業務委託に切り替わると、消費税の問題が発生する
- 元従業員がインボイス未登録の場合、企業の消費税負担が増加する
- その結果、元従業員への支払額が引き下げられる可能性がある
問題点③ 実態は給与ではないか(偽装フリーランス問題)
法律上、会社員は雇用契約に基づいて給与が支払われます。一方、業務委託は個人事業主として契約を結び、企業からすれば「外注費」という名目で支払われます。
ただし、名目を変えればいいというものではありません。法律上、業務委託と雇用契約には判断基準があり、これらを総合的に勘案して判定されます。
| 判断基準 | 雇用契約(会社員) | 業務委託(個人事業主) |
|---|---|---|
| 業務遂行の拒否権 | なし(会社の指示に従う) | あり(仕事を選べる) |
| 会社への専属性 | 基本的に専属 | 専属性なし |
| 業務の指揮監督度合 | 強め | 弱め |
| 勤務場所の指定 | あり(会社で働く) | なし(場所は自由) |
| 時間の拘束 | あり | なし |
| 報酬の算定根拠 | 時間単位 | 1案件単位 |
今まで会社員が残業時間を使ってやっていた仕事を、急に切り替えて別の仕事を残業時間にやることは現実的にはありえません。勤務時間の延長線上で残業をするわけですから、仕事の内容も変わらないし、指揮監督の度合も変わらない。その時間や場所などの拘束度合も変わらない。
そうであれば、名ばかりの業務委託で実態は給与なのではないかということで、様々な問題が生じてきます。その他にも、人事評価をどうするかという問題もあります。
⚠️ 税務調査リスクが高い
企業に税務調査が入られた際、「その人件費は給与なのか、業務委託の外注費なのか」という点は念入りにチェックされることが多いです。実態判定によって給与と認定された場合、追徴課税リスクが発生します。
📝 このセクションのまとめ
- 雇用契約か業務委託かは、名目ではなく実態で判断される
- 残業の延長線上で同じ仕事を続ける場合、実態は「給与」と判定される可能性が高い
- 税務調査で「外注費」が「給与」と認定されると、追徴課税リスクが生じる
ブラック企業が業務委託を悪用するリスク
実は、ブラック企業が業務委託を転用して事実関係を歪め、業務委託を使うケースが多く存在します。その理由として、次のようなメリットが企業側にあるからです。
- 消費税の節税:実態は社員なのにインボイスを取得してもらい、今まで通り100万円を支払うことで、社員1人あたり約9万円の消費税節税(企業側の節税)が可能になる
- 労働基準法の適用除外:業務委託扱いにすることで、労働基準法の適用を免れる
- 社会保険料の負担ゼロ:会社負担の社会保険料が不要になる
- 残業代・割増賃金の不要化:案件単位のコミコミ料金にすることで、残業代や割増賃金が不要になる
- 経理処理の簡略化:年末調整や定額減税の処理など、煩雑な経理処理が不要になる
こういった様々な税制上のメリット・恩恵があるため、何も知らない経営者が見た目だけ変えて事実関係はそのままに業務委託として扱っているケースが多いのが現状です。
⚠️ 偽装フリーランス問題
実際に「偽装フリーランス問題」というものがあります。働いている方自身は何も悪くないのに、勤務先の会社によって無理やり雇用契約から業務委託に変えられ、後から税負担を強いられる個人が多数発生しています。このスキームを安易に導入すると、同様の問題に発展する可能性があります。
アイデアとしては切り口が面白いですが、リスクや手間・問題点があるのであれば、「最初から全員フルで業務委託にすればいいのでは」という話になりかねません。それは偽装フリーランスの拡大につながる危険な方向性です。
📝 このセクションのまとめ
- 業務委託化には企業側に多数の税制上・法律上のメリットがあり、悪用されるリスクがある
- 実態が雇用契約なのに業務委託として扱う「偽装フリーランス」問題が現実に起きている
- このスキームの安易な導入は、偽装フリーランスの助長につながりかねない
本当の賃上げのために中小企業がやるべきこと
副業の税負担やインボイス・消費税のことを考えると、このスキームは賃上げには繋がらない可能性が高いと言えます。では、本当の賃上げのために何が必要なのでしょうか。
口で言うのは簡単ですが、賃上げのために中小企業がやるべきことは、突き詰めると以下の2点に集約されます。
- 生産性の向上:DX化・IT化など業種によって使える・使えないはありますが、とにかく業務効率化を進めて、労働時間そのものを短くすること
- 付加価値の向上:物価がどんどん上がっている今こそ価格改定を行い、さらに付加価値の高いサービスや商品を生み出して提供していくこと
📌 ポイント
会社が黒字の状態でなければ、当然ながら経営上の選択肢は限られてきます。目先のテクニックではなく、生産性の向上と付加価値のアップという本質的な取り組みが、持続可能な賃上げへの道です。
今回の賃上げコンテスト自体はまったく批判するものではありません。ただ、審査の際にもう少し数字面や詳細なチェック機能があればよかったのかなと個人的には思います。優勝された方も非常に勉強されていると思いますが、それ以上に税務は細かい部分に盲点がたくさんあります。
表面的なことだけを鵜呑みにしていると、後でとんでもない税務調査リスクや追徴課税リスクに繋がりかねません。今回の解説を参考に、スキームの導入は慎重に検討してください。
📝 このセクションのまとめ
- 副業の税負担・インボイス問題を考慮すると、このスキームで賃上げが実現する可能性は低い
- 本当の賃上げには「生産性の向上」と「付加価値の向上」という本質的な取り組みが必要
- 目先のテクニックより、会社の黒字体質を作ることが経営の選択肢を広げる
終わりに
本記事の内容は YouTubeチャンネル 税理士YouTuberチャンネル!! / ヒロ税理士 の下記動画を参考に作成しています。AIによる書き起こしを活用しているため、誤字脱字がある可能性があります。ご了承ください。本サイトは 税理士YouTuberチャンネル!! / ヒロ税理士を応援しています!
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